かつて四半世紀にわたり毎夏東京で開催された〈東京の夏〉音楽祭とその主催者財団法人アリオン音楽財団の記録を後世に伝える活動をします。
〈東京の夏〉音楽祭とは?
江戸京子(ピアニスト)、石井真木(作曲家)、船山隆(音楽学者)という直接音楽に関わる当時者が始めた国際音楽祭。江戸京子が設立したアリオン音楽財団と朝日新聞社が主催者で1985年(第1回)から2009年(第25回)まで都内各所で行われた。毎回テーマを設定し有識者の協力のもとクラシック音楽に留まらない幅広い分野の企画を実施した。
アリオン音楽財団旧サイトのリンク
https://www.arion-edo.org/
〈インタビュープロジェクト〉
舩山隆
2024年8月7日撮影
音楽学。東京芸術大学名誉教授。〈東京の夏〉音楽祭の設立者の一人。
船山信子
2024年8月7日撮影
音楽学。元上野学園学長代理。〈東京の夏〉音楽祭の企画委員として第三回よりたずさわる。
山海保
2024年12月24日撮影
元東京都生活文化局長。アリオン音楽財団設立来顧問として関わる。
設立趣旨
時代が昭和から平成と流れ、バブルが崩壊したころ、かつて東京を拠点に開催されていた国際的な文化事業「<東京の夏>音楽祭」の事務局スタッフとして、私たちは財団法人アリオン音楽財団で、まさに奔走しながら働いていました。
「<東京の夏>音楽祭」は、第一回が1985年で、すでに開催から10年を経て、その過酷かつ不安定な業務ゆえか、立ち上げ当初からずっと在籍していたスタッフは皆無で、人数も10人に満たず、アルバイトで凌ぐ弱小な財団でした。その年に、私は、音楽祭の実質上の運営を担っていたアリオン音楽財団に転職したのです。アリオン音楽財団の理事長で、音楽祭の設立メンバーでもあり、企画から運営まで携わっていた音楽祭の最重要人物である江戸京子さんは、音楽家として、質の高い音楽を求め、妥協なき企画を実現することに徹底していました。その企画の実現のためには、資金的なことはもちろん、演奏家を迎え入れるためのあらゆる次元の数多くの困難が待ち構えており、職員はそれを、有無を言わずに乗り越える必要がありました。すべての判断基準は、商業主義のそれではなく、そして、現実主義でもない、つまり、できそうだからではなく、するべきものだからだったのです。
それでも、その理事長の江戸京子さんの人脈により、住友銀行の伊部恭之助氏、日本興業銀行の中山素平氏、富士ゼロックスの会長小林陽太郎氏をはじめ、当時の日本の財界を牽引する錚々たる重鎮たちが音楽祭実行委員会の委員長や顧問として名を連れ、さらに、実行委員を朝日新聞の文化企画局長が務めるという、これ以上ない布陣で、日本が経済的に低迷していく中でも音楽文化の真の素晴らしさを追求するという大きな志を持って、継続開催を遂行していきました。
そして、音楽祭の事務局スタッフだった私たちは、数々の稀有な企画、音楽家、観客の皆様と出会い、毎年、多くの戦いと試練を乗り越えながら、その山を登ったものしか巡り会えないような素晴らしい音楽の景色に遭遇しました。
「<東京の夏>」音楽祭」は、2009年(平成21年)の第25回を以って終了しましたが、その功績は、今や引退の年代の迎えた私たちの「あの時は良かった」という年寄りの昔話では、片付けられない輝きを持っていると確信しています。クラシック音楽の分野から始まり、年代、場所を超越して、地球上全ての人の営み、文化としての音楽の姿を追い求めた音楽祭の在り方を、今、改めて今の時代に問いたいと考えます。若い年代の方々に、この音楽祭がもたらした様々な記録を伝えていくことが、今、私たちがなすべき使命なのです。私たちは、在籍年は異なるとはいえ、この気持ちを抱えて、図らずも江戸京子さんのお別れの会で再会しました。アリオン音楽財団当時のような力は残されてはいませんが、少しずつでも、その功績を歴史に刻むことができるよう尽力したいと思います。
会長 丸山 真樹
お知らせ
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